海の手記

報告と記録

告白

己がどれだけ醜悪かつ下劣な趣味嗜好をもって生きながらえてきたかということを、ふと思い至り、そうして羞恥に震え、耐え難い劣等感が私を苛むことを生活と呼ぶのなら、いっそ私などという存在は世間から消え失せてしまったほうがよっぽど健全で、つまり妥当であるような気分になってまいります。神というものが、罪悪と断罪とを管理するシステムであるというのなら、おそらく私の存在こそ、その不在証明ではなかろうかとくだらないヒロイズムと自意識過剰とが積もるばかりでございます。世間の女というものはどうやら、恋愛という謂わば亡霊のようなものに皆取り憑かれているようで、はて私にはとんと想像し難い先見を好むようなのです。占いや星見のような曖昧で茫洋としたものにさえ、傾聴し、人生を委ねてしまえる胆力は、私にはむしろ自暴自棄であるかのようにも見え、まるで別種の生物であるかの如く私の理解の範疇を越えているのであります。しかし私は、生来他人の望むところ、求める言葉を見抜くことに長けていましたので、それらの性状がわからないまでも、理論と経験則をもって、それらに奉仕する程度のことはわけがなかったのでありました。この者はこうした言葉をかけてやれば頬を朱に染めるだとか打算を弄した時もあれば、逆に阿保のようにとんとわからぬふりをした時もありました。こうして望まれるがまま、求められるがままに甘言を囁き、時に愚者を演じていますと、中には少数ではありますが、その好意を形にしてくる者たちもありました。とは言いましても、その好意が形となる以前より、かねてより人を信じられぬ私がそれに気づかぬわけはなく、大抵は嗚呼やはりかといった風で、その好意が一定の強迫をもって眼前に現れると、それまでの奉仕の精神は途端に息を潜め、代わりに、氷河のような蔑視ととてつもない罪悪感とが波のように襲ってくるのです。自分がああして奉仕に努めていたのは、ああして愛や優しさを見せてやれば、相応の愛情や信頼が返ってきて、私は一時の安心と快楽を得るからであって、決して二人の将来だとか、まして汚らわしい劣情のためですらなかったのです。言ってみれば煙草と同じものなのです。しかし相手にしてみれば私の言葉、態度、一挙手一投足は思わせ振りというやつらしく、その幸福を疑うこともなく私にぶつけてくるのです。幸福はまるで拳銃の弾丸のごとく私の良心、いえ私には良心と呼べるものが物心ついた時分よりどこにあるものなのか判然としませんので、良心のような部位としておきましょう、兎角そこを貫き、私の心に得体の知れぬ薄暗い影を落とすのでした。幸福になる才能が、どうやら私には欠落しているように思われました。世間では幸福となることには至上の価値があることとの言説が席巻しており、またそれを手に入れるにあたり何らこれという不備を持たぬ私にとって、その価値観は凶器にも変わり得るものでありました。まるで病気のようでした。いえ、事実病気であったのでしょう。しかしなまじそうとは悟られぬだけの要領をもってして、誰もが私を正常と判断し、それを案ずる者はおりませんでした。表層では兎も角、事実私は天涯孤独にも似た有様で、しかもその実情に何ら辛苦を感じ得ない、最早人間とは似ても似つかぬ化物のようでした。嗚呼、我は自己愛の化物よ。これほどに自己の罪悪と悪性とを理解しているにも拘わらず、その病気をも愛してしまう化物よ……。愛さぬ癖に愛を欲する化物よ……。きっとその細胞は鉄で出来ている。