海の手記

報告と記録

想像

この街に来ればなにかが変わる気がしていました。
錯覚だって、幻想だってわかってはいたけれど、それをそのまま捨てるような潔さはぼくにはなく、金星が本当に金色なのか、確かめに行くつもりでこの街に来ました。なるほど確かにここはぼくの思い描いていたものそのもので、むしろそれ以上ですらありました。そして予想外なことがもうひとつありました。自分は自分が思っているよりも遥かになんでもなく、なんでもなかったのです。自己卑下が足らなかったのです。これでもなお井蛙であったことを思い知るのに、この街は十分でした。優秀なひとたち、特別なひとたち。この煩悶さえ、何ら特別でないことも知りました。世の中はぼくの上位互換で溢れていて、ぼくのつけいる隙なんてこれっぽっちもないことを知りました。そう改めて思い知り、こうして沈んでいるところをみると、どうやら醜くも自分はまだそれでもどうにかなにかに、特別になれるのではないか、滑り込めるんじゃあないかと、そんな風に考えていたらしいのです。羞恥心と無能感、絶望、死にたくないと考えることに一定の努力を要する、生物失格。取り柄がない。器用で、要領よく。そんな何の価値もないことばかり上手くなり、できないことすらできず、下劣に身を落とすことすら叶わない、そんな平凡。退屈だ。生活は簡単だし、試験も人付き合いも、バイトもすべて生きるのに比べれば何てことのない些事でした。
ぼくはぼくのことがきらいです。声も、容姿も、なにもできない無能さ加減も。どうか精々、繋ぎ止めてくれるひとたちと、大切なあのひとがいるうちは、許せない自分を許せたらいいな。