海の手記

報告と記録

貴女は今たのしいのか。どうすれば笑ってくれるだろうか。
どうすれば貴女を無様にでも良いから繋ぎ止めていられるだろうか。
ずっとそんなようなことを考えている。

ここ最近、一度も目を覚まさずに朝を迎えた記憶がなかった。それが、貴女がいるだけでカーテンから漏れた陽の光で目が覚めた。それだけは確かで、それこそがぼくにとっての意味だと考えている。
貴女は朝にひどく弱い。ぼくだって強い訳ではないけれど、何分浅い眠りから覚醒することはそれほど難しくない。貴女はいつまでも布団にしがみついて、ここがまるで自分の領域であるかのように全身を使って主張しはじめる。その図々しさが、ぼくはとてもいとおしいのだ。ぼくの部屋が、貴女のものになって、それがとても嬉しいのだ。
学生のときに比べたら、随分強くなった貴女は、時折もうぼくなど必要ないのだと感じさせる振る舞いを見せるようになった。それに比べて、ぼくはどんどん弱くなっている。仕事や新しい環境なんて本当に些末なことだ。ぼくのような人間がこの上その程度に順応できないとなれば、とっくの昔に自殺しているだろうから。
なんとなくぜんぶがぼんやりとしている。久々に会った実家の犬は、片目が白く濁っていて、白内障だろうと父が言った。ぼくももうすこし頑張るから、お前も頑張ってほしい、と無茶な約束をした。精一杯履行に努めるつもりではあるけれど。

貴女は仕事がたのしそうだ。約一年前のことを考えるととても微笑ましい。やはり本棚を興味深そうに眺めている貴女の横顔がすきだし、同じ顔で仕事をしているんだろうと思った。
それから愚痴も増えた。ぼくにはわからないことも多いけれど、吐き出せずに泣いてばかりだったあの頃に比べたらよっぽど健全だ。携帯端末の前でそんなことを考えて、ぼくがひとり笑っていたりすることを、貴女は知らないでしょう。だってぼくが冷たい返事ばかりするから。ごめんなさい。
仕事の話をする貴女は本当にたのしそうで、一緒にいたいというわがままを押し通すだけの価値が今のぼくにはないことが思い起こされてしまう。頑張らなければならない。犬も頑張っているのだから。

これからぼくたちがどうなるのか、わかりはしないけれど、確かなのは、来年、祭りが始まる頃には、きっとぼくはあの木の香りと、苔寺の古いにおいを思い出すのだ。